Guest:並木愛さん / Text:中﨑史菜

大学時代の後輩でサッカー選手をしている下山田志帆が、Twitterで素敵なスーツをリツイートしていた。それが、私とスーツブランド「ai STANDALONE(アイ・スタンドアローン)」との出会い。

「自分に似合う服」がわからず悩んでいた私。その場で「ai STANDALONE」のデザイナー・並木愛ちゃんに連絡した。

スーツをフィッティングしてもらいながら愛ちゃんの話を聞いていたら、どうしても記事にしたくなってしまった。こうして、出会いのきっかけをくれた下山田と一緒に、「をかしのカンヅメ」初めての三人対談が実現することに。

洋服との出会いは漫画

中﨑

愛ちゃんは洋服デザイナー、下山田はサッカー選手と会社経営やジェンダーマイノリティ当事者としての立場、そして私はフリーライター。まったく違うフィールドで生きている私たちだからこそ、面白い話ができるんじゃないかな、と今日は楽しみにしてます。

並木

そうだよね。最近、私のブランドには女子サッカー選手の子たちからの問い合わせが増えているから、アスリートと私のブランドの親和性が高いのかもしれない。今日は、アスリート界の現状についても聞きたいな。

下山田

Twitterで「ai STANDALONE」のスーツを見た時、「こういうブランドを求めてた」って感じたんだよね。というのも、女子サッカー界ではスカートをやパンプスを履きたくない選手も多くいるのに、それを着ることがルールになってることが多くて。そういうモヤモヤが解消されるブランドだと思ったんだよなあ。

並木

そう言ってもらえて嬉しい〜。

ai STANDALONE 2nd Collectionより
中﨑

今日は、愛ちゃんが「ai STANDALONE」というブランドを立ち上げるまでの人生について聞きながら、「ファッション」についても考えてみたいです。

並木

洋服に関わる仕事がしたいと思ったきっかけは、小学5年生くらいのときに読んだ「ご近所物語」っていうマンガ。デザイナーを目指す高校生の話なんだけど、二人は知ってる?

下山田

知らない…。

中﨑

私も知らないや…。

並木

「パラダイスキス」とか「NANA」を描いた漫画家の矢沢あいさんが、漫画雑誌「りぼん」に連載していたマンガなの。それがきっかけで、洋服づくりに興味を持ったんだよね。
それを読んで私もファッションの仕事に就きたいと思い、中学生の頃からミシンを触り始めて。
友達が服飾科のある高校に進むことになったので、同じ高校に進学することにしました。高校では午前中は一般教養、午後は服飾専門の授業を受けていたわけです。

中﨑

結構早い段階で、進路を明確に決めたんですね。

並木

その後、杉野服飾大学に進学。ファッションの専門学校にいく同級生が多かったんだけど、先生に大学へ行けって言われて。ほら、成績優秀だったからね(笑)
そこで、パタンナーになるべく洋服の勉強をしました。

中﨑

パタンナーってなんですか?

並木

ファッションデザイナーが、服のイメージを絵に描く。それを実際に型紙に起こしていく人のことを、パタンナーっていうの。

中﨑

型紙ってなんですか?(笑)

並木

布を切るときに当てる型のこと。デザイナーが絵を描いて、パタンナーが型紙に起こし、型紙が工場にわたり服が作られていく。パタンナーは洋服の設計士、あるいは彫刻家みたいなもの。

パタンナーが起こす「型紙」
中﨑

デザイナーの方が、イメージつきやすいし華やかな感じがしますけど、なぜパタンナーになりたかったんですか?

並木

勉強していく中で、デザイナーには天性の才能が必要だと気づいたけれど、自分にはその才能がないと感じて。パタンナーの作業自体も好きだったし、技術職だから頑張れば私もできるはずだと思ったんです。

下山田

なるほど。パタンナーの勉強をしたら、就職先はファッションブランドとかになるんですか?

並木

そう思うじゃん?(笑)
就職活動したんだけど、1社も受からず卒業を迎えちゃった。3ヶ月くらいニートしたあと、アパレル販売員のアルバイトを始めました。

下山田

お、やっぱりアパレル業界には身を置いていたんですね。

並木

人に似合う服を合わせるのは楽しいけれど、「作る側にいたい」という気持ちが強くなっていて。そんなとき、あるきっかけで出版社に転職することに。

ai STANDALONEのこだわり

中﨑

出版社ではどんな仕事を?

並木

趣味で家庭洋裁している人たちに向けた雑誌や実用書を出版する会社に就職しました。つまり、ソーイングが趣味の方々に向けた本を作ってた。

中﨑

本屋に行っても絶対に手に取らない本だ…。

並木

世の中には、趣味で裁縫する人がたくさんいるんだよ。
そういう雑誌や実用書には、服を作るための型紙が載っているから、それを私が描いていました。最初は自分のやることで精一杯だったけど、だんだん仕事に慣れてくると「もっとレベルアップしたい、楽しいことしたい」と思って、転職を考えるように。

下山田

さらなる転身っすね。

並木

辞めるからには、アパレルメーカーに勤めてパタンナーになろうと思った。けれど、パタンナーっていう仕事は、実務経験がないと応募資格すらなくて。
そんなときに、キャリアもスキルもとんでもないものを持っているパタンナーに出会いまして。洋服についていろいろ教えてもらう中で転職のことを相談したら、「じゃあ自分の好きな服作りなよ。サポートするから」って言ってもらえたんです。

中﨑

運命の出会いだ〜!

並木

今までいろんな出会いがあるけれど、そのパタンナーとの出会いがその中でも一番大きかった。
ブランドが軌道に乗るまでも生活があるので、出版社で培ったスキルを生かしてフリーランス として編集の仕事もしています。

中﨑

結構、着実に進めていくタイプなんですね。
そういえば、ブランド名「ai STANDALONE」はどう決めたの?

並木

GRIM SPANKY(グリムスパンキー) っていう二人組のバンドの曲名が由来。「アイスタンドアローン」っていう曲があるの。「自分の脚で立つ」っていう曲の世界観と私の価値観がリンクしてて。たまたま、自分の名前が「愛」だったから、それをかけて「ai STANDALONE」。

中﨑

なるほどね。愛ちゃんの世界観がしっかり反映された会社名だね。

並木

良い生地探すのに2年くらいかかってしまったけれど、やっと去年自分の納得するスーツができました。

中﨑

愛ちゃんにとって、良い生地って?

並木

素材感と、何といっても柄。日本で探すと、無難なデザインのものしか見つからなくて。でも神田のとあるお店を訪ねたとき、イギリスの変わったチェック柄がたくさんあって、その中で「これだ!」と思う生地に出会えたの。
でもね、値段聞いたらとんでもない額なわけですよ。一般的に量販店で買えるスーツは1mあたり1000〜2000円くらいの生地を使ってる。けど、私が気に入ったのは1mあたり9000円。でも「どうしてもこの生地じゃないとダメだ」って思って。
売値を高くすれば解決するかもしれないけれど、20代の若い世代にも買って欲しいから10万円以内には抑えたかった。

中﨑

どうやって高価な生地でのスーツづくりを実現したの?

並木

「どうしたらお客さんの手の届きやすい価格帯に抑えられるか」って考えたときに、受注生産がぴったりだった。店舗や在庫にかかるコストを省いて、その分お客さんに還元できる。そういう方法論をようやく実現できたのが、今です。

原動力は怒り

下山田

最初からスーツを作ろうと思ってブランドを立ち上げたんですか?

並木

最初は形や素材感にこだわったカジュアルウェアを作ろうと思ってたの。「ありそうでないもの」を作りたくて。でもカジュアル服はたくさんあるし、お客さんがパッと見ただけでは他のブランドとの違いがわかりにくいから、あえてやる意味がないなと思って。

中﨑

ほとんどの人が洋服の素人ですからね。パッと見違いがわからなければ、どうしても安い方に流れちゃう気がします。

並木

そうそう。そこで、もっと特殊なものやまだ世の中にないものをやろうと決心したの。そんなとき、自分が昔から”フォーマルルック”に対して、怒りを持っていたことに気づいてさ。

下山田

フォーマルルックっていうと、卒業式とか結婚式とかで着る服?

並木

そう!フォーマルルックには、ヒラヒラピラピラ〜のワンピースか、リクルートスーツくらいしか選択肢がないわけですよ。それが気に入って着ているならいいんだけど、「私が着たいのはこれじゃねえ」って常々思っていて。
振り返ってみると、保育園の時からワンピースとかスカートは絶対に履きたくないと思ってた。でも、大人になって会社関係のお葬式に出るときに、仕方なくあの短いジャケットと膝丈ワンピースのセットの礼服買ったよ!某百貨店で!(怒)

中﨑

めっちゃ怒ってんじゃん(笑)

並木

だって「うわー、着たくない」って服に一式5万くらいかけたんだよ?

下山田

高っ!!

並木

あんなもん買うんじゃなかったって今でも思ってるけれど、そういうことに対して怒りを持っていることを思い出して、かっこいいスーツ作りをしようと決心しました。
こんなふうに、私の原動力は「怒り」にあるんだよなあ。

下山田

昔は不快感とか怒りをよく感じてたけれど、最近は怒らなくなったな。
一番大きなきっかけは、去年自分のセクシャリティをカミングアウトしたこと。それ以降、「自分の価値観を押し付けないようにしたい」と思うようになったのね。
昔の自分なら不快感とか怒りを感じていたことに対しても、今は「そういう人もいるんだな」って思えるようになった。戦うと疲れるんだもん。

中﨑

確かに、怒りは消耗するよね。

下山田

「なんで女子サッカー選手はお金もらえないの?」「なんで自分に合うスーツがないの?」「なんで男性はあんなに見下してくるの?」とか言葉にしたら確かに怒りなんですけど…「そういう人もいるよね」っていう前提でコミュニケーション取りたいし、そういう人間関係で疲弊している人を救いたいと思う。
自分のセクシャリティをカミングアウトできていなかった頃は、怒りを自分の内面に閉じ込めないといけなかったから怒りを抱えていたんだと思う。

並木

私は怒りがエネルギーだと思っていて、怒りがないと何も生み出せないんだよね。怒りを消耗ではなく昇華させていく、ポジティブなものを生み出す原動力につなげていけたらいいな、と思ってるんだ。
下山田の言うことはよくわかるけど、怒りはお金を出してでも買いたい。そうじゃないと時代は進んでいかないと思う。それくらい私にとって、「怒り」は大事なものなの。

中﨑

下山田が自分で会社を立ち上げて、生理に悩むアスリートたちのために生理用パンツを開発しようと思ったのも、原動力は怒りに似たようなものじゃない?

下山田

確かに、生理中だからって雨の日のサッカーグラウンドでのスライディングや、真っ白ズボンのユニフォームは避けられないじゃないですか。その現状に対する問題意識から生理用パンツの開発に乗り出しました。言葉の問題かもしれないけれど、愛さんと原動力は同じだとは思う。
史菜さんの原動力は?

中﨑

モヤモヤとかイライラは、日常生活ではよくあるけど…原動力にまで変えられたことはないな。「こういう人とは一緒に仕事できない」とかやりたくないこと・嫌なことは明確にあるから、強いていうなら、「嫌なものを避ける」ことが私の原動力だなあ。

下山田

それって凄くないですか?自分の「好き」が強すぎると、逆に「嫌」がわからなくなっちゃってて。

中﨑

「嫌」を基準に選ぶなんてネガティブだと思っていたけれど、そう言われると良い面もあるね。

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