をかしのカンヅメ Vol.0
公開日:2020_08_17

サッカーに代わるものを探して|ニースで修行中の調香師・増田湧介

Guest:増田湧介さん / Text:中﨑史菜

香水と出会って調香師になることを即決

香水との出会いについて教えてほしいな。

サッカーみたいに人生をかけて熱を注げるものを見つけたくて、その「何か」を働きながら探してたんだよね。夏休みには必ず海外に行ってたし、面白い人の話は聞きに行ってたし。

日本酒の杜氏になろうかと酒蔵を巡ったこともあったなあ。でも、何か違うと思ったんだよね。

海外はどんな国を巡ったの?

スウェーデン、南米、そしてパリ。海外に行けば、「こういう考え方あるんだな」っていう刺激が常に得られたなあ。

3年目の夏休みにパリに行ったとき、2つの大きな出会いがあってさ。まずは行きの飛行機で隣の席だった日本人男性との出会い。2つ目が香水との出会い。

飛行機で隣になった人はどんな人だったの?

パリ在住でファッションの仕事している人。

日本から留学生としてパリのファッション専門学校に行き、卒業後、自分のブランドを立ち上げたらしい。パリコレにも出るくらいのブランドだったんだけど、そのブランドを畳んで、今は1年半先のファッションのコンセプトを決めたりしている人。

次の流行を作ってる人ってことだね。

そうそう。異国の地で戦う姿が、とてもかっこよく思えて。

そんな不思議な出会いがあったあとに、パリのデパートに香水を買いに行くと「それぞれに合う香りが必ずあるから即決しないで」とか「体温や脈拍によって香りは変化します。買い物行ってから戻ってきて」とか言われてさ。そういう「売ること」が目的じゃない接客や、香水の奥深さを体験して、自然と惹かれている自分がいたんだよね。

こうして、一週間の一人旅でゆっくり今後の人生について考えることができたんだよ。結論として調香師になろうと決心して、帰りの飛行機でtodoリストに「会社を辞める」って書いた

ずっと、サッカーに代わる「何か」を探していたから、香水に出会えたんだろうな。

そうかもね。最近パリに行った時の写真を見返してたら、そのとき読んでた本のタイトルが「仕事は楽しいかね?」だったから、少なくとも会社での仕事が自分に合ってなくて悩んでたのは間違いない(笑)

フランス滞在して1年経ったけれど、どんな1年だった?

語学学校に通いながらフレンチレストランで働いた。居心地は日本の方がいいよ。ルームメイトは彼女連れ込んでうるさいし(笑)

最初は語学学校卒業して、日本に帰る予定だったの。でも、香水の本場であるフランスで修行しないと、「本物」にはなれないことが分かってきた。

直感で「調香師になろう」と決心して、「本物」を追求するまで人生かけてやろうと思えたのはすごいことじゃない?

正直な話、香水に出会ったとはいえ、サッカーに代わるものはないと思ってる自分もいるんだ。大学サッカー部の同期の武藤嘉紀が海外で活躍してる様子とか、最初は悔しさとか羨ましさがあって見ていられなかったもん。

だから、「これでいいのかな」って常に考えてる。

「親友」はいない

大学時代のまっすー(右)とインタビュアー(左)
どうやら親友とは思われていなかったらしい

まっすーって、交友関係広いよね。

みんなと仲いいんだよな(笑)

誰とでもサシでご飯行けるけど、逆にいうと親友と呼べる存在はいないかも。

じゃあ、何か相談したいことが出てきたら誰に相談するの?

あんまりよくないとは思っているけど、抱え込んじゃう。

「みんなに好かれる」スタンスで生きてきたから、今更崩せないな。あと、相談してもわかってくれないんだろうなって思っちゃう。

他人に期待してないんじゃない?

そうかな、そうかもね。

「親友って別にいなきゃいないで別にいいよね」って思ってる自分がいる。血眼になって親友を探さなくても、きっかけあればいろんな人に連絡するしご飯に行くし。

でもまっすーのことを親友と思ってる人は何人もいる気がする。

確かに言われる。相談に乗ってほしいって言われることもある。そうやって頼られるのはすごく嬉しいよ。「〇〇さんとサシでご飯行けるの?すごくない?」とか言われたりもする。この性格はキャプテンとしてはすごい良かった。

でも、人への頼り方はまだわかんない(笑)

私は頼ってばかりだから、その悩みが新鮮だなあ。

自分らしくあること

まっすーが人生を通してやり遂げたいことってなんだろう?

「自分らしくあること」かな。

「人の目を気にする」自分だからこそ、あえて自分らしくあることを意識してるのかな?

俺にとって「自分らしくあること」は「誰も歩んでない道をいくこと」かな。

パリに行って、調香師になるーーそんなふうに、誰も歩んでない道を歩みたい。

「誰も歩んでない道をいきたい」とは、いつ頃から思ってた?

サッカー選手になると決めてからずっと思ってたよ。単にプロになるだけじゃなくて海外でプレーしようと考えていたし。

パリでの修行の先に、どんな未来を描いているの?

今は、小さなブランド「Masource(マソース)」を立ち上げて、完全オーダーメイドでその人に合う香りをつくっているんだけど、いずれは自分のコレクションを作ってお客さんに届けたい。

ちなみに「マソース」はマが「私の」、ソースが「泉・源」っていう意味。

自分の名前が「湧」介だから、興味が「湧く」、勇気が「湧く」…そういう想いが、自分のブランドが助けになればいいなって思ってつけた。

自分のコレクションを作るってことは、一人ひとりに合わせるのではなく、まっすーならではの型を作るってこと?

そう。それをやりたいからもっと勉強したい。

香水に捉われずに、いろんな人とコラボしてブランド作りたいし、香水の可能性をもっと広げたい。例えば、企業の新入社員研修とかにも使えると思うんだよね。

研修に?

香りってその人によってとらえ方違うのね。同じ香りを違う人に渡して、それぞれの印象を言葉にしてもらう。コミュニケーションツールとして使えると思ってる。

確かに、それまでの人生とか経験の違いで、同じ香りを違うように捉えるようになるのかもね。

そうそう、考えが違って当たり前。枠に囚われない、自分の考えを表現することって大切だと思う。

そういえば、大学の卒業論文では武道を研究したなあ。昔から、香水みたいに過去から脈々と受け継がれているものに興味があるのかも。

武道といえば、「本物=これ」っていうものがないよね。
武道と香水を同じものと捉えると、まっすーが本物に近づこうとしても、本物は常にまっすーの先にある感じがする。

まさにそれ。死ぬまで本物を追い続けながら、たとえ俺が作った香水がバカ売れしても、「まだこれは本物じゃない」って言い続けて、本物を求め続ける人生だろうなって思う。

満足することなく、本物を探して探求すること自体が、まっすーにとっての本物なのかも。

おお。漠然と思っていたことを、言語化してくれた!

最初は、オーダーメイドの香水を作って、お客さんに喜んでもらえたら俺も満足すると思ってた。でも、それじゃ満足できなかったんだよね。なんでだろって考えてたけど、多分、追求し続けられること自体に楽しさがあるからだと思う。

相撲界で一番強いとされてる双葉山が、前人未到の69連勝後に負けた時に「われ未だ木鶏たりえず」って言ったらしいのね。つまり「僕はまだまだ半人前です」ってこと。
そこまで強さを極めた人でも、「本物の強さ」には到達できなかったっていう逸話。まっすーの香水づくりも、双葉山のような姿勢なんだろうな。

お客さんが喜んでくれているのに、なんで自分は満足できないんだろうって最近ずっと悩んでたんだよね。

サッカーにも、香水にも、終わりがない。ずっと成長できるし、正解がない。だから、香水でも追求し続けたい…。そっか、そういうことだったんだ。言語化してくれてありがとう。

調香師の修行をしていても、どこかでこの道じゃなかったのかもしれないって迷いがあったけれど、今、確信に変わったわ。

どうしよ。この取材がまっすーの人生変えちゃったかも(笑)

このタイミングで取材依頼してくれたことも、運命だと思ってるよ(笑)

今日は本当にありがとう!


大学時にはキャプテンを務めあげ、就職活動も難なくクリアしたかと思えば、急に調香師になると言い出しパリへ修行にいく…

そんな「カッコいいまっすー」の側面しか見てこなかった私が、彼の迷いや弱さにも触れたとき、「カッコ悪いまっすー」も全て応援したいという気持ちが”湧いて”きた。

少しでも応援の輪を広げたく、「をかしな編集部」オンラインショップで新しい取り組みを始めます。記事を読んで、彼の人生に興味をもった方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に彼の人生にエールを送りましょう。

増田 湧介(ますだ・ゆうすけ)
1992年 静岡県三島市出身
清水東高校 慶應義塾大学環境情報学部卒
14年間サッカー選手になることだけを考え、突っ走ってきたものの夢叶わず。 その後4年間、心にぽっかり穴があき、人生に迷い・考え・自分と向き合いつづける。
2019年に3年間勤めた会社を退職後、Parfumerを志し、渡仏。
現在は、南フランスを拠点に、自らのParfumブランド「Masource」を展開中。


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