親友に支えられて
詩織さんの話には、「友達」がたくさん出てきますね。
そうだね、友達抜きには私の人生は語れない。
親友が看護師なのね。今、私がお世話になっている血液内科に7年もいたから、白血病に関する知識が豊富でさ。
まだ白血病だと診断される前から「ひとりじゃない」ってメッセージを送ってくれたり、薬の投与が始まった時も、脱毛し始めた時も、その子が一番の相談相手になってくれた。「あんたの周りには医療者ばかりだから大丈夫だよ」って。
家族ぐるみの付き合いだから、母さんのことも支えるねって言ってくれて、安心した。
心強い…。
家族に言いにくいことでも言えるし、弱音を吐ける相手がいるっていうのは本当に心強い。
でもね、その子も私の前では強気なんだけど、彼氏の前では「詩織が白血病になった」って弱音を吐いたらしいのね。でもその彼氏もすごくてさ、「自分の大事な人が病気になった時に支えられるように、看護師になったんじゃないの?それ以外に看護し続けてた理由なんかないでしょ」って言ったんだって。かっこいい彼氏だよね。
詩織さん、素敵な人に恵まれてますね。
友達がいなかったら闘病できてないと思う。あと父さんが亡くなった経験がなければ、ここまで頑張ろうと思てなかったかも。父さんの分も生きなきゃダメだって言ってくれる人もいるしね。
詩織さんがラインで「この数奇な運命をちゃんと残しておかないと」って送ってくれたじゃないですか。大きな病魔が自分に迫っている時に、そんなふうに客観的に自分のことを見つめられるってすごいな、と思ったんです。
だいぶ客観視してるよね(笑)客観視するしかない、とも言えるかな。
自分の人生の第一章は、父さんが亡くなったこと。あの時点ですげえ数奇。そして第二章が白血病の闘病。なんだろう…記録しておかないともったいないって言ったらおかしいけどさ。
家が燃えて、患者の家族を経験して、遺族にもなった。今度は自分が患者になった。一通りいろんな立場を経験して、どれだけ医療従事者の皆さんが身を削って働いてるかがわかったんだよ。
白血病になって良かったとは決して思わないけれど、自分は意思を伝えられる。うちの父親はわがまますら言えなかった。苦しかったら「苦しい」、熱かったら「アイスノン持ってきて」、うどんは「きしめんの方が食べやすい」なんてわがままも通用する。
父さんは、きつい治療して苦しかっただろうなって思うんだ。逆に、わがままを言ってもらう方が周りは楽だということも知ってるから、わがままをいうようにしてる。
わがままも、詩織さんの優しさなんですね。
同部屋の患者さんにも恵まれてたな。最初の入院の時は、おばあちゃん2人と、44歳のMさんと同じ部屋だったんだけどね。
話しかけられるのが嫌で嫌でしょうがなかったのに、おばあちゃん2人がすごい世話を焼いてくるんだよね。「体調悪いの?」なんて聞かれると、「いいわけないだろ?」って悪態つきそうなくらいに荒んでた。
そんな時、Mさんと初めて話して、Mさんが1年治療してたのに再発して入院してることがわかったんだ。病室に居づらい時の逃げ道を教えてくれたりとか、「冷たい飲み物の方が飲みやすいよ」って野菜ジュースくれたりとか、励ましてくれてさ。
Mさんは、白血病は自分より若い子がなっちゃいけない病気だって思ってるらしくて。Mさんが近くにいてくれたら頑張れる気がした。その日から、2人のおばあちゃんも可愛く思えて、今では超仲良し(笑)
冷静に、70歳を過ぎて、あの辛い抗癌治療頑張ろうと思ってるのがすごいとすら思えるようになったんだよね。
そうか、そうやって戦っている人たちがたくさんいるんですよね。
隣のおばあちゃん、自虐的に「桜木町の〇〇ってところの寿司が美味しいのよ。私たち食べられないけど」なんて話すんだよ。寄生虫のリスクがあるから、生ものダメなのにさ。
入院中、日記をつけてるっておっしゃってましたよね。何を記していますか?
うん。入院生活で支えてくれるものは「Tシャツ」「音楽」「ラジオ」「お菓子」って書いてある。
Tシャツ?
入院着のTシャツ。モチベーションになるんだよね。
あとはFMよこはまの「ちょうどいいラジオ」知ってる?聞いた方がいいよ。音楽は、体調によってはあまりにポジティブな曲は無理、うざいって思うこともあるけど幅広く聴いてる。
お菓子は食べてOKなんですね。
口の中が弱って、ボロボロになってる時期が長いから、口の中で溶けるものを探してる。ゼリーはもう見たくないくらいに食べたからさ。最近見つけたのは、ギンビスのミニアスパラガス。最近、チョコ味が出たの。そしてカルビーのかっぱえびせん。あとおしゃぶり昆布は脂質が低いから、食事制限でも食べれるんだよね。入院生活は、お菓子が支えてくれてます。
口の中で溶けるお菓子、リサーチしておきます。
あとはね、生殖治療センターで卵子の凍結保存をしたことも書いてある。
若い女性は治療始まる前に卵子凍結することがあるって親友が教えてくれて、時間ない中でやってもらった。
結局卵子が1個しか取れなかったのと、例え病気が治って妊娠して良い身体になっても、着床しなかったらその一個が無駄になってしまうから、現時点ではなんとも言えないけれど。
可能性にかける保存、ってことですね。
そうそう、可能性にかける。
まあ、凍結保存しないという決断をする気力とか旦那と話し合う気力とかがなかったのも本音かなあ。
不妊治療って、妊娠しづらいカップルがやるもの、という勝手なイメージでしたが、いろんな理由があって行われているんですね。
私もそんなイメージだった。これも、病気から学んだことだね。いろんな現状があるみたいだから、NHKのクローズアップ現代で取り上げられた「がんを乗り越え、命を授かる ~若い世代のがんと生殖医療最前線~」もよかったら観てみて。
人のためにありたい
詩織さんが人生で大切にしていることってなんですか?
いい人ぶっているわけじゃないけれど…「人のため」な人生だな。
自分がこれだけ大変な境遇にあっても?
うん。入院中も「誰かに何かをしてあげたい」っていう気持ちがある。
だって、針刺されまくるし治療はつらいけど、頑張ってるのはお医者さんとか看護師さんたちで、自分は難しいことはしてない。入院中はずっと「どうぶつの森」やってるだけだしさ(笑)
だから自分が退院したら、旦那に弁当とか作ってあげたいし、サッカーコーチとかして人のためになりたい。母親にも何かしてあげたい。命の大切さを伝える取り組みもしていきたい。
大学時代の詩織さん見てたら、人のために全力投球する人だってすぐわかりました。たぶん、病気とか関係なしに、詩織さんはそんな気持ちがずっとあるんでしょうね。
そうかもしれない。自分が大切にしている人に対して、めちゃくちゃ何かしてあげたい。今は、出血したらいけないから、布マスクを作ることや料理すらできないの。人のために何かできるどころか、むしろ人の時間を奪っちゃってるんだけどさ。
詩織さんが周りの人に「これが欲しい」ってわがままいうのも、自分のためじゃなくてそうした方が相手が楽だからですもんね。
うん。今一番したいことは、せめて「自分のことは自分でしたい」ってこと。掃除も料理もしちゃいけない、普通に生活できないから、一時退院しても身の回りのことができないのね。
普通に…普通に自分のことがしたいな。
今は直接会いにいくことができないけれど、早いうちに詩織さんとサッカーしたいな。
取材させてくださり、ありがとうございました。
中学、高校、大学のサッカー部の仲間、地元の友達、他大学の先輩後輩、友人、前の職場の人たち、そして今の職場の人たち…今まで関わってきた全ての人が、もし、これから何か辛いことに直面してしまったら、その時こそ私が支える側になり、力になりたい。
今、寄り添ってくれる人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。助けてもらったこの命を、大切に生きようと思っています。
史菜、今日はありがとう!
詩織さんは抗がん剤を複数種類利用する化学療法(寛解導入療法)と、白血病細胞を減らすことを目的に行われる地固め療法を4回、計5回の入院を経て、自宅に戻ってきたところだ。久しぶりの美味しいご飯が嬉しいと話してくれた。
今後、がん細胞がなくなっていることを確認する「PET-CT」という検査を行うらしい。
この検査でがんがなくなっていたとしても、その後16クールの通院治療が待っている。これは、短くても2年間かかる治療だ。そしてもし、がんが消失していなければ骨髄移植という選択をとるらしい。
周りからは「治療が終わった」ように見えても、常に再発の恐怖と隣り合わせの状況なのだ。白血病に「完治」はない。長い戦いになるということ、その戦いの最中にいる人たちがたくさんいることを、詩織さんは出来るだけ多くの人に知ってほしいと願っている。
木下(旧姓:田原)詩織(きのした・しおり)
1992年、神奈川生まれ。
中学2年時よりサッカーチーム「YSCCコスモス」に所属。
湘南学院高校女子サッカー部、国士舘大学女子サッカー部卒。
2020年2月に白血病を発症し、現在闘病中。